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パステル・ジョナサン

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6月20日

昨夜仕事の愚痴をさんざん書き散らしたら、不思議に気が澄んだ。。。状況は変わってないけどな。。
もういい、もういちいち細かい所まで見ない。私は私の仕事をさせてもらう。私のやり方で。
・・・できるだけ(笑

数字やデータで目に見えるものは得意なのに、人が絡んでくることに対してはどうも私はどんぶり勘定になりやすい。
「それくらいなら何とかなるんじゃない?」と思ってしまうタチだ。
時間なんていくらでも捻出できるとか、工夫したらなんとかなる、みたいな根性論に走ってしまう。

お客さんの問い合わせに、「私では分かりません」と対応すればたった5分で済むことなのに、本を引っぱりだして回答したり、お客さんが探しているという商品をネットで探して同業他者のお店を紹介したこともたびたびある。
売り切れのアクセサリーに対する問い合わせも多いのだけど、ただ「売り切れです」と書けばこれまた5分ですむところを、せっかくなのだから…とウチで余っているビーズでストラップを作り、郵送したことは数知れない。
ウチの引き出しで眠っているより、欲しい人に使ってもらったほうがいい、これも縁なのだから。そう思うからついついそうしてしまう。
そして半日なんてあっという間に過ぎてしまう。

質問などのメールにかかる時間は30分くらいだし、ストラップを作って郵送しても1時間もかからない。
それぐらいまあいいや、と受けてしまう。
だけどそんな小さいことが運悪く重なった時に、ああこれは大変だ、大津波だ、となる。
単純に、30分かかるメールが10通もたまったらどうなるか、ということだ。
さらにはワガママを言うお客さんを作ってしまうし、中途半端にフレンドリーな文面だから言い回しに神経質になる人も出てくる。
お客さんも悪いが私も悪い。悩みごとを書かれてもそこは無視して用件だけを返信すればよかったのだ。

私の昔の知り合いでヒーラーの人が、「あなたはあなたのままでいいのです!とか、 お客の喜びそうなことテキトーに言ってたら仕事になる世界なんですよ。いちいち真面目にやってらないもん」と言い、私はその言葉に激怒したけれど、あれはある意味半分真実だったのだ・・少し後悔した。
毎回毎回、真剣に人の話を聞いていたらダメなのだ。。というか「聞ける自分」だと思っていたらダメなのだ。
私は気が強い生まれなので、人が良いとかノーが言えないとかじゃない。イエスマンでもない。おそらくそれ以前の問題だ。想像力がないのだ。つまりは自分のキャパを分かっていないということだ。
他人の連帯保証人になってえらい目にあう人間というのは、結局はどこかにこういう欠陥をかかえている人間なのだろう。(私が押したハンコじゃないけど)
主人に言わせると私は「ポジティブなギャンブラー」なのだそうだ。たいていのことは肯定から入ってしまう。
その時、どんぶり勘定なのだ。自分や相手やその対象に。まあ何とかなるだろうと心のすみではいつも思っている。
確かにいままでは何とかなった。でもいつまでもこれじゃ通用しないなあ。

普段の自分ならできるようなことを、「面倒になった時に困るから、そういうものには最初から手を出さない」という理由で排除していくのはあまり好きじゃないし、得意でない。
たとえば、動物は好きだけど死んだ時に悲しいから飼わない、という人がいるけれど、私はそういう「賢明な」思考がしづらいのだ。
私の周囲にも賢明な人がいて尊敬している。(だけど実はちょっとつまらない…コケないことばかり考えているようで。)
「もしも」的な予想を立てて先回りするのは決して悪いことではないと思う。
ネットにはいろんな人がいるので、事前に回避することに重点を置くのはむしろ必要かも知れない。
問題は「楽しくない」のだ。。。

捨てられるところは限界まで捨ててみる、整理する。 これ、この夏の私の課題。

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6月14日

ネットでの仕事って相手の顔が見えないのと、やり取りがメールに限られるため(時々は電話もある)妙な形のストレスのかかることが多々ある。
気をつかっているつもりだけれど、私のちょっとした言い回しやフレーズがカンに触ったといって気を悪くされる方もいるのでけっこう神経をつかうのだ。
私は超能力者ではないので会った事もない相手のことを知らなくて当然だと思うのだけど、こういう世界はなんと言うか「パワーストーンを扱う人なのだから、スピリチュアルな能力を持っているはず」というような誤解でもあるのだろうか、買ってくださった商品とは関係ない人生相談のような話にもつれ込んで行くことが多い。
メールの対応を優しくすればこういう事態にもなるし、事務的に書けば「あなたのお店は対応が冷たい」とクレームが入る。どうすればいいの!? と思うことがけっこうある。

実は今月に入ってからずっとワガママなお客さん数名に振り回されっぱなしなのである。
朝から電話をかけてきて「あの7千円の商品を3千円で売って欲しい」と食い下がる人とか(まじで実話です)、一日に何度も何度もチャットのごとく石の効果についての返信を要求する人とか。
ほとんどのお客さんは良い方なのでこんなケースはごく一部だし、だいたいこういう方が実際の購入者になることはあまりない(というか全くないと言い切ってもいいかも)ので本当は「お客さん」とは言えないのかも知れないけれど・・。
さらに悪い時には悪いことが重なるってヤツね。パソコンもトラブるし。

だけどいちいちキレていたらどんな仕事もネット通販もやっていられない。
しかし、納期だノルマだと今までずいぶんストレスの多い仕事をこなして来たけれど、こんなに面倒なことってないんじゃないか・・。
先にやってたちょっと特殊でキツイ仕事のほうがマシちゃうか、とまで思ってしまう。
でもどちらが好きかと問われれば、圧倒的に今扱っている商材が好きなのだ。
好きなものにかかわって仕事ができるのはこの世の贅沢のひとつだと思う。
だから頑張っている。
だけど同時にもう飽き飽きしてる。好きなことをやれば毎日が楽しくて平穏無事ってわけじゃない。
お客さんや問い合わせにただ返信するだけに追われて一日が過ぎて、売るための仕入れとか撮影とかHPの更新とかリニューアルとか、そこまで手が回らない。というかメールに絡んだ事務的なことを終えて、「やっと本格的な仕事を…」と思った時には疲れ果ててしまっている。

問い合わせや商品届きましたのご報告メール、人生相談メールには、あらかじめ定型文を作って事務的に処理する方法も考えている。
ひとつひとつのメールに心を込めたかったので出来ればやりたくなくて丁寧に守ってきたものなのだけど、今はネットから何を得るかよりも何を切り捨てていくかを考えよう。
でないとマジで嫌になりそうだわ。。

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6月13日

ずっと以前から時々出ていたMacの「バスエラー」。
ハードの問題じゃなく、ウチのパソコンっていろんなものを放り込んでいるので、何かと何かが当っているのか、相性が悪いんだろうとそのままにしていたら、昨夜ちょっとしたことでフリーズ状態から抜けだせなくなって。。バスエラーだ、アドレスエラーだ、って爆弾出まくり。

仕事関係など急ぎで片付けなければならないものはもう一台のMacでこなし、システムからインストールしなおしたりなんだかんで今も格闘している。。その間にもお客さんから注文は入ってくるし、難くせつけるようなメールも来るし(こんな仕事なので多い)もうヘトヘト。。
要らなさそうなものを放り出したり、あれこれ開けたり、インストールしなおしたり・・いちいち検証してもどれが悪いのか全然分からない。
昨夜からずっと電脳世界突入だ。
今電話がかかってきたら、「公安9課です」って口走るぞ。
で、どうも使っているフレッツADSLの接続ツールがクサイ。
これをはずしてみるとスンナリ立ち上がる。。そんなん疑いもしなかったよこの何年も。。涙。
NTTサポートセンターに電話したら、
ああ、Mac9.2では付属のドライバは使わないでくださいねバグるから。だって。ムキーッ。

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6月4日

昨日は近場の渓谷を歩いてきた。
舗装された遊歩道のようなものがついているところだろうと思っていたら、なかなかどうして、「マムシに注意」などと書かれた道なき道を進むようなポイントもあって大満足。虫もそこらじゅうにウヨウヨいた!(笑
草と土の匂いでむせかえるような鬱蒼としたところが大好きなのだ。

もうずいぶん昔の話になるれど、新婚旅行はバイクの旅を選択した。
岡山県にある星の美しい町「美星町」で星の観察をし、広島では渓谷を2箇所巡った。
山口県でサファリパークやら秋芳洞に行ったあと九州に渡る、などという自分の好きなものをてんこ盛りにした忘れられない旅になった。
新婚旅行というより修学旅行って感じ。とにかく歩き倒した。
広島にある渓谷のひとつは、その入り口に「一歩間違うと悲しい事故に繋がります」と看板のあるような、恐ろしく手付かずの渓谷だった。
山の中にひっそりとある旅館も恐ろしくさびれていて、他に誰も泊まっている気配もなく、断崖から川に面した部屋にはただごうごうと水の流れる音だけが響いていた。
緑色をした深い川と滝、倒れたままになっている木、とんでもなく大きな岩。
宿に着いた翌日、渓谷を歩き続けて滝までたどり着いたは良いけれど行き交う人もなく、昼なのにあたりは薄暗く、その時私はこういう場所に入って初めて「怖い」と感じたのを覚えている。
あれを何て表現したらいいんだろう、あたりにある木全部が無数の目でうわーっとこちらを見ているような…と言えば良いんだろうか。
もうそこから先に進みたくなかった。
チョー恐がりの主人にはそのことは黙っておいて(笑)、疲れたから引き返そうよ〜などと言ってその日の散策を終えたのだった。

かなり後になってこのことを人に話したら、「ああそれは木の精だよね」とあっさり言われたことがある。
その人は屋久島だったか、どこか沖縄の離島に毎年のように通っていて、ある日森を散策していたらいきなり周囲の木が自分を注目しているような感覚に襲われ、もう本当にこわくなり走って逃げ帰ったのだそうだ。
そういうわけで私は木の精の存在を心底信じている。
怖いなあと思いつつ、それでもひとりで鞍馬山だなんだと入っていくのは、あの時の感じをどこかでもう一度待ち望んでいるというのもあるかも知れない。いやいや、単に木や虫や滝を見るのが好きなだけだけど。
私もいよいよオバサンになったので、今度木の精に会ったら、「おう!」と返事が返せるくらいになっていたらいいなあ(笑

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