ごあいさつ

ジャスパー

ジャスパー

日本パステルホープアート協会公認 正インストラクター。
協会認定指定校「ジョナサン」を運営しています。
(活動はゆる〜くやっています)
ほとんどが独り言のブログです。

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10月26日

2006.10.26 18:07|日常のこと
この秋はじめて「寒っ」と思ったと同時に、猫が布団の中に入ってくるようになった。ホカホカ〜。
そんなわけで起きたら全身毛だらけ。
そのうち私も毛玉を吐くと思う。

先日のこと。
友人が「ブログで見かけたこの記事が面白かったので」とメールでその内容を聞かせてくれた。
その記事は、『ユングの「タイプ論」についての一考察』といった感じの話で、そういうのを「面白かった」と教えてくれる友人自身もとてもユニークな人なのだけど、実際にそんなマニアな本(?)を持ってる自分も侮れんな、とその偶然を楽しく感じてしまった。
それで久しぶりに「タイプ論」を引っ張り出してきた。

…めっちゃ分厚いですやん。
手に持っただけで読んだ気になれてしまうこの重量感。

これは何年か前、梅田の地下街にある古本屋で買ったのだった。
ユング心理学の基礎的概念についてはある程度読んでいて、なんちゅうか、いちびって本格的なのが一冊欲しくなり、一度ページをめくったら離せなくなって衝動買いしてしまったのだ。
中には前の持ち主さんが引いたと思われるペンの線がけっこう残っている。
600ページに及ぶ難解な書を、私などがとうていイッキに読めるわけがなく、それでもポツポツと気が向いた時にページをめくって1年越しくらいで全部を読んだはずなのだった。
しかし、詳しく覚えていない。
友人が教えてくれたブログの記事を読んでいたら、そうそう、そんな感じのことが書かれてあったと少しずつ思い出すことが出来て、ニヤニヤしてしまった。
最近はグズグズと暮らしていて、ユングの本って(私は)こういう時にけっこう読めてしまうこともあって、またふたたび読み始めている。

それから、もう一冊。
昨日どうしても今週号のジャンプが欲しくなり、買いに出た。
自分がこの数ページの漫画(NARUTO)の中の、どのシーンに、どう心が動いて何を感じたのか、もう一度見て感じて味わいたくなって、ついにジャンプを買った。お金を出して。 エラそに言うな。

そんなわけで今日の私の作業机の上は、こうだ。
週間少年ジャンプとユング渾身の大作。
ひとつのテーブルに乗っているのはなんだか妙な風景。
仕事部屋に入ると一番に目に付くテーブルなので、夕方買い物から帰ってきた時、この組み合わせはあんまりでしょうと気づいて笑って撮った。
でも私にとっては、私の問題に関わる、まったく同じ本なのだった。
今誰かがこの部屋に来たら、きっと両方とも隠すけどさ。
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10月25日

2006.10.25 18:13|日常のこと
今日、この秋はじめて「寒っ」と感じた。
まだ夏物の半袖パジャマで寝ている。

先日もらった友人のメールに、原稿用紙に詩を書いてそれをHPにアップしたらどうでしょう、とあった。
実は書きたいことがたくさんある。
今更こんなことを言うのも恥ずかしいけれど、ちょっとした経緯もあって、いよいよどうにもネットで書きづらくなってきて、その友人に愚痴をこぼしたりしていたのだった。

今の仕事をする前、夜に全部の用事を片付けた後パソコンをひっそり立ち上げるのは楽しみのひとつだった。
今やそれが仕事場になってしまい、そして24時間営業なので、そしてそして他店の売れ行きとかも気になっちゃうので、自分の時間としてまともに没頭出来ない自分がいる。
仕事も趣味もパソコンの箱の中に収まって、それで時々煮詰まって「ウガー!」と叫びたくなることがある。
それを閉塞感と呼べばいいのか、気が散って仕方ないと言えばいいのかよく分からないけど、かなり前から自覚して抱えていて、実家の火事以降なぜだか急上昇してしまった。

好きで始めたことだから仕方ないし、石も、写真を撮るのも、文字や絵を書くのもどれも長年好きなものだったから、それがひとつの箱であれこれ出来てしまうようになって、かえって集中できなくなってしまった気がする。
好きなことをやりながら、どれもやりきれず、途方に暮れている自分はドアホだ。
これだけウダウダ書いていてもなんだか実感がない。「絵」が足りない。
ここでは、思ったことをすぐに文章として独立させることが出来たり、アルバムやアニメーションが作れたり、商売が出来てしまったり、自費出版のように自分の詩集や描いたイラストの作品集だって持つことが出来る。
11年前にそういうことをほんのり夢見て、わざわざプロユースだった高いMac一式を買いそろえ、ささやかにDTPの仕事を始め、そしてやっと個人事業で独立したってのに、一日中パソコンの前に座っていられるようになったのに、私ってば何言ってんだろ。
ゼニ儲けも趣味もネットに依存しながら、怠慢なオンライン嫌いになりつつある。
パソコン立ち上げるのが「面倒くせー」と思っていたりする。

あれ?絵ってなんだ? 自問自答してみる。

友人からかけてもらった言葉で、今日久しぶりに原稿用紙を買ってみた。
私は別に作家を目指しているわけでなく、そしてそんな実力もないことは明らかだし、今更何か良い作品をなんて考えたりしていないけど、誰かに宛てる手紙とかメモとか宛名書きとか最近はそういうことでしかペンを持たなかったので、自分のためだけに自分にしか聞こえないようにそこに文字を置いてみると、ふうっと懐かしいような不思議な気持ちになってしまった。

絵が少し帰ってくる。

10月24日

2006.10.24 18:17|日常のこと
通販で頼んでおいた、2007年度版のタイムデザイナー(スケジュール手帳)と家計簿が届いた。
年賀状を出すとかカレンダーを揃えるとか、そういうことがギリギリになってからしか出来ない自分にしては上出来。

そしてこんなに早く買ってしまうと、
来年になってから「どこにしまい込んだかわからん!」と騒ぐ可能性大だ。

10月23日

2006.10.23 18:19|日常のこと
珍しく、ワインを飲む夢を見た。
帆船の絵のラベルがついた赤ワイン。
私は酒と言えば日本酒かカナダのウイスキーばかりで、ワインはあまり好きでないというかどちらかと言えば嫌いなのに、夢の中でものすごく美味しく感じたことに驚いてしまった。
目が覚めてから、せっかくだし買って飲んでみようかなと思ったけれど、ウチにはワイングラスというブツがない。
夢の中では、すらりとした綺麗なワイングラスで飲んでいた。
湯飲み茶碗で飲んだらさぞかしまずいだろう。

ラベルに描かれた帆船を見ると、それは絵ではなくて、ちゃんと波が動いて帆がはたはたと揺らいでいたのだった。
青い空を渡ってきた海の風が、四角いラベルの窓から吹いてきた。
わお。こんなボトルのワインがあったら嬉しい。
日中は激しい雨。

前に撮ったウチのにゃんズ。なぜかみんなでたそがれている。

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10月20日

2006.10.20 19:27|日常のこと
やさぐれ中なので、本棚の整理なんぞしてみたわけです。

このクセがいつから始まっているのか分からないけど、気持ちがショボい時には掃除をするのお約束だ。
(20代の時に母が癌で倒れたとき、なぜか台所の床を深夜磨いていたことを思い出す。自分でも意味不明。)
先日から玄関や猫部屋の掃除をガンガンやって、掃除道具も買い替え、夏にすっかり枯れてしまった鉢植えを処分して新しいのを植え、昨日いよいよ散らかった本棚に手を出したら…。足が筋肉痛に。うそ〜ん。
しゃがむと太ももが痛んで苦労するので、今日は商品撮影をするのやめた。
私はこれでも日頃筋トレしているのだった。
なのに本を抱えて1階と2階を往復しただけで筋肉痛とは情けない。
豪邸じゃあるまいしちょっとの距離なのに。

本棚を整理していたら、赤茶色の表紙の記憶にない歌集が出てきて、なんだったかなーと思い出すのに少し時間がかかってしまった。
昔、一緒に文芸活動していた人の歌集だった。(文芸活動と書くとなんかものすごく立派なように聞こえてしまうけど私自身はたいした活動をしていない)

そこ活動の中心となっていた先生は、「若いうちに安易に自費出版をして自己満足してはならん」というちょっと厳しい方針(?)だったこともあってか、その人の本は80歳を過ぎてからの「ただ一冊」になった。自費による本だ。
明治生まれのSさんが昭和8年から書きためた、戦争とその混乱、生まれて4日で死んでしまった最初の子どものこと、貧乏だった生活のこと、子育ての喜びと悩み、ご主人の他界、お孫さんのことなどを綴った歌が、200ページに収められていた。
この本を頂戴した時は私はまだ20代で、申し訳ないけど歌のことも生活の重みや現実感もよくわからなくて(何しろこの私がファンタジーを書いていたくらいなのだっ)ちゃんと読むこともなかったような気がする。

だからその序文を、あの厳しい先生が書いているのも知らなかった。
先生は関西の文芸活動を活発にしようと会をまとめ、生涯頑張られた方だった。
有名な芥川賞作家の某先生もこの方の元で文章を磨いた。
21歳の時、新聞に載った私の童話を見て声をかけてくださったのだけど、そうでなかったら私なんかがお近づきになれないような人だったので、プレッシャーというか私には場違いすぎますというか、もう厳しくて怖くて、私は数年やってそこをコソコソと逃げ出してしまった。
安易に自己出版しないで自分の作品を世間に向かって問い続けなさい、最低でも一日四時間は原稿用紙に向かいなさい、と言い続けていた厳しかった先生の、
「じつは私、あなたの長い歳月とともに、咲きに咲き続けた歌の花が、一つどころに絢爛の色彩を輝かせ、馥郁たる匂いをただよわせる日を、どんなに待ち望んでいたことでありましょう」
という真心のこもった温かい序文を読んでいたら、そうだあの先生はきっと誰よりもメンバーの出版を待ち望んでいたに違いなかったのだと、当たり前のようなことが今更ながらふと胸に湧いて、しんみり泣けてしまった。
歌集を出版されたSさんも、I先生も、今はすでに亡き人だ。
その歌集を本棚の一番手前に置いた。
この歳になってやっと読めそうな気がする。

実は、実家が火事になる2週間ほど前に、和箪笥を整理していた姉が「こんなもの出てきたけど」と、私の簿記や英検の賞状とか、幼稚園のころに書いた絵や高校時代の落書きのようなメモとか、そういうものを手渡してくれたことがあった。
その中にこの本は入っていたのだった。