パステル・ジョナサン

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9月18日

探したい本があるのと仕事に必要なパーツを買うために梅田に出た。
大阪市内は今日も快晴でカンカンに暑く、けれども風はやっぱり秋。
ヨドバシカメラはいつ行ってもすごい人出だ。
さっさと用事を済ませて帰ってきた。

昨日のライブはせっかくなのに惜しかったなあと思い返す。
大きなホールでのコンサートにはたまに行くけれど、小さなライブハウスとかお寺でやるような民族楽器の演奏会にすっかりご無沙汰だ。
酒を飲みながらジャズだのアイリッシュだのフォルクローレを聴く機会はあっても、アマチュアバンドのロックになると、ライブハウスでは若者ばかりになってしまうのでなかなか行きにくい。
日本ではロックは断然若者のものなんだよねえ。。
そう言えば大阪ブルーノートの向かいにあったものすごくラフなジャズ喫茶(お好み焼きとかうどんとかお鍋をつつきながら生演奏が聴けた)も3年くらい前になくなってしまった。
生の音楽に触れる機会が、「大きなコンサートホールで有名なミュージシャンや楽団が行うもの」にだんだんなりつつある気がする。
生の演奏聴きたくなった時、ふらりと気軽に寄れるお店が昔はけっこうたくさんあったように思うのだけど。
今やストリートライブも下火だし、ああいうのがあると通りすがりに楽しめたりして良かったなあ。
作曲の仕事をしている友達が、日本ではCDの値段もそうだけど「音を楽しむ」のにお金がかかりすぎる、と言っていた。
沖縄のように、人が集まると三線片手に歌って踊るような、ああいう音の楽しみ方はいいなと思う。
なので、昨日の野外ライブを暑さで楽しめなかったのはちょっと惜しかったかも。
どんなに高級なステレオセットで再生しようとも、やっぱり生にはかなわないと思う。
それがアマチュアバンドの演奏でも、その熱に触れるのは楽しい。
ステレオは人の熱まで再生することは出来ない。
そういえば私最近ロックが足りないなーなどと、9月ももう後半だというのに妙に頑張っている痛々しい夏空を見ていたら、そんなことをふと感じた。

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9月18日

連休のため?ジャンプの発売日が繰り上がっていたのを忘れていて、今日あちこち探したけれどすべて売り切れていた…_/ ̄|○
こんな40代主婦はいかがなものかと思いながら家に帰ってランディさんのブログ記事を読み、ひとり爆笑し、ああやっぱり漫画好きなことはリアルでは隠しておこうと決意を新たにした(笑)

子どもがいないというたったひとつだけの理由で「こっちは苦労してんのに、あなたは楽していいわよね」とか「子どもがいない人とは話していて面白くない」という不条理な扱いに耐えなければならない場面に過去幾度か遭遇した。
たていの場合、陰で言われているのを後から知ることになるのでダメージが大きい。
少年誌なんて読んでるとバレたらここぞとばかりに何を言われるやら…。ぞぞぞ。

彼女らが昼間っからカラオケに行ったりファミレスでたむろするのは「子育てのストレスの発散のため」という崇高な目的があるらしいが、私が帳簿を持ってファミレスで缶詰になっていると、優雅に見えて苛立つらしいのだ。
漫画と小説を比べるのに無理があるというのは、こういうことと少し似ている気がする。
与えられている道具が違うんだもの、比べて言われてもどうしようもないのになーと思う時がけっこうある。
「漫画は破綻を許されている」かのような大雑把な括り方や、「多少の破綻は問題にしない脳になっている」ことと漫画を結びつけるのは、誤解を招きそうでやや行き過ぎかなあと感じる。
一般人のブログなら良いと思うけど、プロの作家さんが漫画を小馬鹿にしてるように読めてしまってドキリとした。
どうでもいいけど、今週号読みたかったなあ。。

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9月17日

例えばある日ある人に、
「あなたの作る料理はなんとも美味しい、私はそれがとても好きだ」と伝えたとして。
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その言葉は本心だしちっとも嘘なんかじゃないんだけど、そうしたら頻繁に手料理を分けてくれるようになって、そのうちアナタのために作っているのよとか、私が好きで作っているんだから気を使わなくていいのよなんて山盛りのディナーを差し出しながら言出す始末、いよいよ堪りかねて私はこう告げる。
「ああ最近の私はもう、あれも食べてこれも食べてお腹いっぱいなんですどうか許してください。ついでに言うとあんまりしょっちゅうだと胸焼けがして疲れてしまうんです」。

美味しいからっていくらでも食べられるわけではない。
けれどもだからってその人が嫌いなわけではない。
だけどその人はもうすっかり自分の人格と料理を作ることが癒着してしまっているので話がややこしい。
悲しいのは、そうしたノーをそれぞれから受け取るたびに、「私の誠意が伝わらなかったのね、私の気持ちがまっすぐ届かなかったのね、これからはもっと良い人間になって美味しい料理を作らなければ」と決意を新たにすることだ。どんどん理想のハードルを高くしていくことだ。

人は崇高な理想を持つことで素晴らしい自分であるかのように錯覚することもある。
理想は使いようによっては麻薬と同じだ。(と時々思う)
どうして提供者でなければならないだろう。
そのプライドを捨てて、一緒に、粗末な食卓を囲むことが出来たなら、そこに与える人間と与えられる人間とが成立しないことが分かるというのに。
全霊をかけてあらゆる言葉を絞り出し優しさを与えようとしてなお、なぜ自分の思うような世界にならないのか、ひとりまたひとりと人が離れていくのか、自分では太陽の温かさだと信じていることが実は他者に無理を強いる北風の行為である(こともある)可能性を私は最後にその人に告げた。
『万有引力とは、引き合う孤独の力である』と言ったのは詩人の谷川俊太郎だったか?
人の孤独を癒してあげようと思うその優しい心があるのなら、まずそれは自分のために。
自分の飢えを癒すための料理を、どうかその手で。

自分のためにひとり料理を作り、そこに招待客も観客もなく誰からの賛辞もなく、ひっそりと薄暗い食卓でささやかな食事をとり、その無音の孤独の中でこそ大切な人とはほんとうに繋がっているのだと、いつかその人はそんなふうに感じることがあるだろうか。
ないかも知れないあるかも知れない。でも私がそのどちらかを通知されることはない。
これはただの人ごと、他人への傲慢なお説教ではなく、私のテリトリーの中で起きる私自身の問題でもあると思う。

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9月16日

この3連休に中之島公園一帯で行われている関西テレビのイベントのひとつ、野外ライブに行って来た。
…死んだ。
なにこの猛烈な蒸し暑さ。
倒れて担架で運ばれてる女の子がいたほど。
無料だし、某バンドがナマで見られるとあって頑張ったのだけど、結局途中で脱落… (T▽T)
たった45分のステージなのに半分も耐えられないとは・・歳だなあ。

昔、友達のストリートライブの手伝いしてたのが夢のようだ。
せめて物販ブースでCDの一枚も買って帰ろうかと思っていたけど、数人ずつカーテンの閉じたブースに招き入れてご本人達と談笑の元で販売(笑)という方法におののいて手ぶらで帰ってきてしまった。
バイクで20分ほどの近場とは言え、何しに行ったんだよ、自分。
つうか、暑すぎだろ、大阪…。

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9月15日

あー痒い。
夜中、画像処理やら何やらでマウスをぐりぐりしていると、明け方になる頃きまって手首がカユくなる。
水泡が出来て痒くてたまらん…。
リストバンドをしていてもダメなんだな。ちょっと冷やしてみよう。
元々肌に関してはアレルギー持ちだ。
痒みが治まるまですることがないので、ネットに繋いでまた自分のブログにやって来た。
湿疹ができてる間は毎日更新か?(笑

仕事中とか御飯の支度してる時とか買い物途中とか、たいてい何か音楽を聴いている。
耳障りに感じない日にはラジオつけたり。
本を読みながらでも聴いていることがある。
難聴にならないようヘッドフォンの音量を守っているけれど、外したあとでも音楽が聞こえる気がするのは耳というよりすでに脳の問題…(-_-;)
今夜聴いたのはなんだっけ、徳永英明の『セルフカヴァーベスト』とキースジャレットの『生と死の幻想』『スピリッツ』。
うーん、湿疹ボリボリ女の私が今夜仕事しながら何を聴いていたかなんてかなりどうでも良い話な気がする。
私は永ちゃんファンだからヤンキーのイメージが大きいのか、意外に思われるらしいけど、徳永英明が昔から好きだ。あの声が好き。
(聖子ちゃんのデビュー当時からのファンだったりもするんだけど)
アコースティックバージョンでやや単調なこのアルバム、その分 声の響きが楽しめて、飽きがこなくてしつこく聴いている一枚。
キース・ジャレットの「生と死の幻想」も「スピリッツ」も、ずっと聴いている。
(つまりそんなにアルバム持ってないって話だ)
天才キース・ジャレットについて私なんかが書けることはひとつもない。
あまりに凄い人すぎてただ圧倒されるだけだ。
音楽のことはちっとも知らない素人の私ですら、初めて聴いた時に「なんなのこれ〜」と衝撃を受けた人。それがキース。(とマイルス・デイビス)

生と死、光と影、洗練と混沌。キースの精神世界が、獰猛に、美しく織り上げられたアルバム。

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