ごあいさつ

ジャスパー

ジャスパー

日本パステルホープアート協会公認 正インストラクター。
協会認定指定校「ジョナサン」を運営しています。
(活動はゆる〜くやっています)
ほとんどが独り言のブログです。

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6月28日

2008.06.28 20:36|日常のこと
久しぶりに夢の話。

今週はいつにも増して寝る時間がめちゃくちゃだった。
夜中に起きている時はダンナが会社へ出かけてから布団に入って昼過ぎに起きるのだけど、ちょっと用事があってそのまま外出したり用事をしていたら、気がつけば32時間くらい起きていた日もあったり。
あれ?前はいつ寝たっけ・・って、日記を見ないと分からない時もある(笑)
そのせいなのか何なのか、金曜日の朝、私にとっては最大級の衝撃の夢を見てしまった。
もう、見たというより見てしまったという感じ。

私の父親は私が3歳の時にガンで死んだので、残っている写真やうっすらとした記憶しかなく、今まで一度も夢に出てきたことがなかった。
夢といえども甘くない。記憶にない父親は出てくることがないのだろう。
記憶にあるのは病院のベッドで横たわる父の姿くらいだ。
ところが見た。初めて見た。
目が覚めてから「ぎゃーーー」と思ってしまった。

これは前にやっていたブログで書いた気もするけど、死期が近づいてきた父が、おそらく母に頼んだのだろう、病室での家族写真が残っていて、私はその時ベソをかいて写っているいる。
なぜかというと、父が「握手しよう」と差し出した手に恐怖を感じて、とても握り返すことが出来なかったからだ。
父にとっては最後の握手のつもりだったかも知れないけれど、その痩せ細った青黒い手を私は握れなかった。
その時の恐怖心をまだ覚えているくらいだ。
これがドラマや映画なら「パパーー!」とかなんとか言って感動の見せ場なのだろうけど、案外これが現実なのだと思う。
今思うと申し訳ない気持ちで一杯になるけれど・・。

私と父を繋いだのは大量の手紙のやりとりだった。
文字が書けたので、毎日病院に出かける母に私は手紙を預けた。
これはなかなか信じてもらえないのだけど、母が出かけて姉が小学校から帰ってくるまでの時間、3歳を少し過ぎた子供がひとり留守番をしていたのだった。
私にもし子どもがいたら、絶対気になってそんな小さな子どもをひとり置いていけないと思うけど、私はちゃんとトイレでオシッコしたり、テレビを見たり絵を描いたりして平気で過ごしていた。
こういうこともやっぱり現実なんだなと思う。

父の病状が悪くなれば、9歳と3歳の私達姉妹は、深夜まで母不在で過ごした。
ともかくそんな特殊な幼児期を過ごしたので、まともな人格に育つわけない・・とついでにちょっと言い訳に書いてみる(笑)
たくさんの家族や親戚に囲まれて愛情一杯に育った人ほど「私って孤独が好きなの」とかカッコつけるような気が私はしているのだけど、それは保険をたくさん持っているから言えるんだろ?と思う。

その父が死んで40年、ついに私の夢に出てきて、「これはもしや何か悪いことでも起きるのを告げに出たんじゃないか」とか「大きな地震でも来るか」とかつい思ってしまうあたりが私のバチ当たりなところだ。
次に見るかどうかわからないので記念に書いておこう。
たぶん、宝くじに当たるくらいの低確率でしか見れない夢だと思う。

見覚えのない家だけど、どこかの家に私が帰ってくると母と姉がいて、「お父さんが死んだよ」と唐突に告げるところから夢は始まる。
部屋の奥で布団に横たわる死体があるのだけど、どうやらそれが父らしい。
(なにしろちゃんとした記憶がないから判別できない)
でもその死体、青黒くて腐乱しているようなのだけど、足や首がガクガクと動いているのだった。こうやって書くとホラーだ。
それで思い切って私は父に近づく。
近づくけど、なんて声をかけていいのか分からない。
パパか?お父さんか?お父ちゃんか?
どう呼んでいたか記憶にないし、慣れてない。
夢というのはホント不思議だなあと思う。記憶に直結にしてるんだな。
夢に出てくる父は元気ハツラツじゃなくてやはり死の匂いがするのだった。
死は悲しいけれどあまり不吉に感じないのは、それが私の最初の記憶だからだと思う。
大人になって獲得した観念とか宗教的感覚ではなく、一種の「すりこみ」みたいなものだと思う。
で、ためらいつつも「お父さん」と声を掛けると、父がガバッと上半身を起こした。
ああ、やっぱりホラー?
背中をさすると汗をたくさんかいているので、シーツを替えようかとか布団を替えようかとかそんな話をした。
そこまでしか覚えていない。
夢としてはとても短いけど、これ以上ないほど強烈なインパクトがあった。
父がいるってこんな感じなのかなと目が覚めてから思った。
38歳くらいで死んだ父は、それでも夢の中ではちゃんと歳をとっておじいちゃんっぽくなっていた。
いや、腐乱していだけかも知れないけど・・。
死んだ友人が夢に出てくる時は17歳当時そのままの姿で出てくるので、父が歳とった感じで出てきたのは不思議だなあと思うんだけど、それも私の父の記憶が曖昧だからかも知れない。
とにかく、初めて見た。

6月22日

2008.06.22 20:41|日常のこと
昨日は、壊れたバイクを引き取りに奈良の山奥へ。
と言っても軽トラックを借りてダンナのひとり旅。
そしたらなんと今度は携帯電話を落として帰ってきた・・・(-_-;) とほほ。

ひとけのない山道で積み荷のバイクを固定している時に落としたらしい。
まず見つからないと思うし、ひどい雨に濡れただろうから、見つかってももう使えないと思う。
普段携帯電話なんて落とさないんだけどなあ。
よほど相性の悪い方位だったらしい。笑。
私のほうも同じく、珍しくお腹を壊したり、デジカメが壊れたり(仕事を始めた時からの大事な相棒だった。悲しい。)、お葬式が2つ続いたり、余計なことして大恥かいたり、実家に行って気分悪いことがあったり、面倒なメールが届いたりと、なんかもう気分的にめっちゃ凹むことが多かったこの6月。
けれどその間にもアゲハ蝶はどんどん育って羽化する。
わずか1.5ミリの埃みたいな幼虫がものすごい勢いで成長し、1ヶ月後には美しいアゲハになっている。
私がダラダラと1ヶ月を過ごす間、めちゃくちゃ早いスピードを持った生き物を側で見ていると、そのギャップに夢をみているような妙な感覚に陥ることがある。
うーん、だから何なんだって話だけど。

6月21日

2008.06.21 17:57|日常のこと
昨夜、グリーンピースジャパンの職員2名が逮捕されたニュースを知った。

つい先日事務局から電話をもらって、今回のことについて私なりに疑問に思っていることを質問し、話を聞かせてもらったばかりだったのでショックだ。
「鯨を捕るなっていうけど私達は牛や豚は平気で食べてるじゃん、鯨だけ保護保護って特別扱いするな」という声もあるだろうけど・・。
調査という名目のもと年間何億もの税金を投入し、なぜ日本はクジラを殺し続けているのだろう。
はっきりしたことを私は知らないので(というか世間にもあまり明らかになっていなんじゃないだろうか)強気であれこれ書けないけれど、調査と言っても「胃の内容物を調べる」とか「妊娠の確率を調べる」とか、いわゆる『生態調査』なのらしいが、 野生動物が何を食べてるかを調べるのなら排泄物をとれば分かることだし、妊娠についてはホルモンをとれば分かること。それを「調べるために毎年毎年大量に捕獲する」というのがどこか納得出来ない。もちろん、感情的にって話だけどね。もろに感情論。

私はもう30年くらいクジラを食べていないけど、そのクジラの肉はどこに行ってんのかな。
税金を使って調査という名の漁を行い、どこに利権があって誰のフトコロが潤っているのか私は知らないし、想像つかない。
私はクジラを殺したくない。
だけど今回のグリーンピースのやり方はちょっと強引だったなあ、これは窃盗ちゃう?ってニュース見ながら内心ヒヤヒヤしたので、その疑問も事務局の人にぶつけてみた。
たしかにあれは業務上横領だとは思うけど、証拠を手に入れるためとはいえちょっと強引じゃないのかなと。
と、思っていたらなぜか「横領の嫌疑なし」という不起訴処分が出て、すぐにグリーンピースの職員が逮捕されてしまったので、えええ?という感じ。
難しいことはよく分からないけど、報道を見ている限りでは、なんだか環境団体ってのはテロみたいなことをやっているヘンな人達(笑)のような印象に見えてしまうのがすごく残念だ。
(実際、オーストラリアの某団体はかなり危険なことしてるけど)

電話で、事務局の女性の人が、世界の海の40%を保護区域にしたいと思ってるんです…と語ってくれた。私達は捕りすぎているんですと。
この女性は仕事を離れればきっとごく普通の主婦だったりお母さんだったりするんだろう、そう考えると自分がちょっと恥ずかしかった。
ジュゴンの件(基地の話)の時、沖縄の海を守って欲しいと世界中からたくさんのメッセージが集まった。
遙か遠い場所であろう沖縄という小さな島の、その自然を想い、ジュゴンの棲む海を保護区にしろと世界の人が心配してくれたんだよなあと思うと、その世界の海で『調査』ということにして、やりたい放題クジラ殺しまくってる自分たちのことがちょっと恥ずかしくなってしまう。
うーん、とにかく私はクジラ殺したくない。クジラを食べなくていい。
調査調査って一体いつまで調査する気なのだろう。
何のための調査で、どこに向かおうとする調査なんだろうか。

毎年税金5億円くらい投入して・・が、20年続いてるんだったかな(間違ってるかも)、国はこの先もやるつもりなんだろうな、きっと。
私にはちゃんとした説明は出来ないのだけど、グリーンピース・ジャパンの支援者のひとりとして、世間をお騒がせしていることなんだかお詫びしたい気持ちです・・<(_ _)>

6月17日

2008.06.17 20:59|日常のこと
この4日間で5頭のアゲハが羽化した。

サナギだった期間に私が夜中じゅう起きて電気をつけていたせいか、なぜかどの蝶も早朝ではなく深夜に羽化してしまった。
そしてまだ空が明ける前から飛び始める。
チョウも蛾も同じ虫なので、電気めがけてバタバタと飛ぶあの様子はあまり優雅とは言えず、しかも決まって商品撮りしている最中に飛び始めるというここ連日。
撮影用の照明はものすごく強くて熱くなるので何か勘違いするのかも知れない。
ここへ飛び込んだら即死かも知れん!と思って慌てて仕事をやめる。
で、朝になるのを待って空に放しそれから寝る・・というだらしない毎日だ。
早朝に放しても気温が低いせいか、それともスズメや他の野鳥が朝一番は活発に飛び回っているので警戒してか、飛ばずに家の壁なんかにとまってじっとしている。
その様子がなんとなく可哀想なので、8時を回ってから放蝶するようにしている。
で、10時頃から寝るもんだから午後をうんとまわってから起きるという超だらしなさ(-_-;)
世間に大きな声で言えません。
簡単だとは言いつつ、幼虫の食草の確保→蛹化→羽化までけっこう気を使うし、何頭もいたので(実はまだいる)世話はけっこう大変だ。
なので夢中になっていた。
モゴモゴだった幼虫がたった一週間後には美しい蝶になることが、不思議で不思議でたまらない。
この奇跡を見ずに死んでもいいのか!と、実家の姉に「終齢幼虫分けてあげよっか?葉っぱつきで」と言ったら即却下された(笑)
姉は蛾が大嫌いなのでチョウも苦手なのだった。・・つまらん。

そんな中で今日の「昆虫ブログ」には、「客室の露天風呂にスズメバチが巣を作ったので撤去したら中に卵があった。育ててみたいのですが」という旅館の女将さんの投稿があったり、他にも「アシナガバチの幼虫を3匹、鶏のササミやシラスをすりつぶして与えて育てている」などと驚愕の投稿があったりして、世の中には強者がいるーー!と妙に勇気がわいてしまった(笑)
肉食のアシナガバチの幼虫を育てるってすごすぎる。
普通は、働き蜂がイモムシなんかを噛み砕いて団子状にして与えるのだと思うけど。
機会があれば私もやってみたい。
社会性のあるハチは、わざと採集して人の手で飼育するのはNGだけど、機会があれば是非やってみたいなあ。
やってみたいと言えば先日のゲーム。
「ただ動物を追っかけて写真撮るゲーム? なんたる時間の無駄!」とダンナに言われてしまった。とほほ。

私が死んだあとのずっとずっと先、人類が絶滅したあとも虫は生き残る。
以前、ナショナルジオグラフィックの番組で数万年後だかの地球をやっていて、もちろん人類はその時には絶滅しているのだけど、かわりに巨大な蜘蛛みたいなのとかグロテスクなトンボとか、飛び跳ねる巨大カタツムリみたいなのが登場していて、見ててドキドキしてしまった。
ただのSF空想でなく、科学的根拠があっての検証番組だ。
その時、蝶の生き残りも姿を変えて飛んでいるかも知れない。
私が今見ているこの昆虫の奇跡は、形を変えながらも続いていく、そう思うだけでワクワクする。

6月16日

2008.06.16 21:02|日常のこと
昨日、奈良の大台ヶ原方面へバイクでひとり出かけたダンナ。
予想外のどしゃぶりの雨の中、バイクが壊れて、山奥で立ち往生したらしい。

なんとか見つけたお店の人が親切で、
パンやらお茶やらもらって、
バイクを預かってくれて、
車で駅まで送ってもらって、なんとか帰ってきた。
(最寄り駅まで車飛ばして一時間って、どんな山奥?)
大台ヶ原は日本でも一番雨の多い地域だったような。。天気予報なんて当てにならない地域かも。ダンナずぶ濡れ。
・・・私、行かなくて良かった(笑)いや、ちょっと面白かったかも。

以前もどこかに出掛けた時に、田舎道の途中であろうことかクラッチワイヤーが切れて単車が故障したことある・・。
その時も良い人に助けてもらったよなあ。
山の中でこういう事態になった時、誰かの親切ってほんとうに身に沁みる。
ありがたいなあって、昨夜は柿の葉寿司を食べながらしみじみ思った。