ごあいさつ

ジャスパー

ジャスパー

日本パステルホープアート協会公認 正インストラクター。
協会認定指定校「ジョナサン」を運営しています。
(活動はゆる〜くやっています)
ほとんどが独り言のブログです。

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2012年のこと(その2)

2012.12.31 08:11|日常のこと
無駄に独白調の長文が続きます(笑

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7月に入り、さんちゃんの容態はいっそう深刻になりました。
排泄時、私が身体を支えていればなんとか自立できていたのが出来なくなり、力なく崩れるようになりました。
おそらく最後の筋肉もなくなってしまったのでしょう。
脱水状態も進んできました。
皮膚が薄くなって破れてしまうため、すでに点滴は出来ない状態です。
一日の間に何度か痙攣の発作も起こすようになりました。

それでも彼は、食欲だけはあったのです(笑
いや、そこは笑うところじゃないだろうと思いつつも、18年間さんちゃんのその食欲の凄さを見て来た私としてはやっぱり苦笑してしまうポイントです。
とにかく良く食べてくれました。
(昨年12月に亡くなったモンタ(17歳・慢性腎不全)の時は、どんどん食が細くなってあっという間に死んでしまったので、あの時のような「お願いだからなんでもいいから食べてよ(T_T)」という絶望的な気持ちになることなく、さんちゃんはそういう点ではとても楽な看病だったと思います)

あれほど毎夜大きな声で鳴いていたのに、7月に入ってからは口を開けるばかりで声も出なくなりました。
呼びかけに対する反応も日に日に鈍くなり、視線はどこを見ているのかわからず、私の声が聞こえているかいないのかさえ判断できなくなっていきました。

ところが亡くなる前夜、主人が声を掛けながら丁寧に頭を撫でていると、まるで長い夢から覚めたかのように反応が戻ってきました。
目で私達を追い、ニャアとかすかに声も出ました。
さすがにもうこの時には食欲もなかったのですが、試しに鳥のササミを鼻先に持って行き嗅がせてみると、ガバッ!と顔を持ち上げて私の指に噛み付かんばかりの勢いでガブガブと食べ始めました。。
しんみりしていた私達も思わず「ちょ。ちょっとアンタ・・( ̄▽ ̄;)」という感じです(笑
それが最後の食事になりました。

夜、いつものように私の枕元のすぐ側にさんちゃんの寝床を置き、その日も夜中に何度か彼の様子を確認しました。
私が「さんちゃん」と声をかけると、その夜は声が出ないまま口を開けて「にゃあ」と反応がありました。

次の朝、8月29日の10時過ぎ、旅立つ直前までそのハッキリとした反応は続きました。
何が言いたかったのかなあ、最後まで「腹へったにゃーなんかくれー」だったのかも知れませんが(笑)どんな言葉であれ、最後まで応えてくれたことが飼い主にとっては何より嬉しいことでした。

苦しむ様子もなく、穏やかな最期でした。

火葬は当日の夜に。
平日だったため昼間主人が立ち会えないので、夜になって火葬車に来てもらって執り行いました。

その後疲れがドッと出て、それ以降の2週間ほとんど食事が喉を通りませんでした。
あまりそういう経験がなかったので「喉を通らない」って本当にあるんだ。ドラマみたい・・と思いました(笑
本当ならしばらく休んでいたいところなのですが、引越しを控えているので手続きやら荷造りやら新居の掃除やらで忙しく動き、残暑の厳しさも相まって、よくぞ倒れなかったものだと今になって思います。

結婚して初めて住んだ家に、3ヶ月経った頃やって来たさんちゃん。
その家から出て行く3ヶ月前に彼は旅立って行きました。

「この家はなんつうか・・私らが住んだ家というより、まるでさんちゃんの家って感じやねえ」
そんなふうに思いました。

モンタとさんちゃんの思い出が多すぎて、玄関を開けると今も2匹が飛び出してくるような気がするのです。

ずいぶん悩んで、心底悩んで、私達はこの家も買い取ることにしました。
家の持ち主は私の母ですが、11月の時点ですでに不動産屋との間で売買の話はついており、ギリギリまで迷いに迷って「その話、待ったー!」と持ちかけました。
母親相手に値段交渉するなんて思いも寄りませんでした。
(残念ながら、アナタにあげるわよ〜というような甘い母娘関係ではありません・・)

さんちゃんの通院や介護にお金がかかり、さらに新居に引越し、そのうえもう一軒買い取り・・・。
超レトロな古家なので安い価格ですがこれはけっこうキツイ。
でもどうしても手放すことが出来ませんでした。

司法書士の先生を頼むと費用が高いので、登記の手続きは自分でやり(法務局に何度も行きました。窓口の方の説明がとても親切で泣けました)それらすべてが終わったのが12月の14日でした。
登記の日付はモンタの命日の12月5日付けで提出。

昨年の12月から今日この日まで、考えればすべて目まぐるしく、長い長い道のりでした。

先日、事情を知る友人が「見た目弱々しいのに、いっつも力技出すよねえ」と言ってくれたのですが、「弱々しくて悪かったな!」というのはさておき(笑)きっとそれはいろんな人やまわりのモノが、みんな少しずつ力を分けてくれるおかげだと思うのです。
そうでなければ説明がつきません。私はほんとうに弱っちい人間なので本当ならどこで倒れていてもおかしくないのです。

誰にありがとうを言っていいのかわからないくらいなのですが、とにかくありがとうを。
誰かに、どこかに、いつかに、その全部にありがとうを。
それから、ありがとう2012年。

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長くなりますが(てか、こんな長文誰か読んでるのだろうか!?)最後に「老猫の介護」で検索してここのページに縁された方がもしいるのなら、ぜひ個人的な意見のひとつして置いておきたいことがあります。

私自身、右往左往する中で、ネット上に書かれていることをたくさん参考にしました。

ネット上には病猫や老猫、障害猫に献身的な看病・介護をしている方がたくさんいらっしゃいます。
何年間も毎日の点滴を欠かさない方とか、世話のために仕事を辞めた方とか、通院のために病院近くに家を買った方とか。
そういう方の奮闘ぶりを読んでいると、頑張ろうと思う反面、自分はダメなんじゃないだろうか、もっと出来ることがあるんじゃないだろうかと凹むことも正直多かったです。

一回の点滴通院は(さんちゃんの場合)3千円ほどでした。それを毎日すれば月に約10万円ほどになります。
確かに毎日するのが望ましいのですが、私にはそれだけの余裕はなく、週に1〜2回でした。
そうなると、ネットにあがっている方達と比べてなんだか自分は猫飼いとして失格のような気持ちに陥り、老猫の介護に関する記事をあげにくくなったのです。
獣医師から「ネットはあまり見ないほうが良い。神経質になりすぎることがあります」と言われたのも、こういう意味もあったのかも知れません。

今は、満足な介護が出来なければ出来ないでもいいのではないかと思うようになりました。
時間的・体力的な問題、それから費用の問題もあります。
私が通っている病院の獣医師は、(慢性腎不全のための)点滴を続けることもあまり勧めませんでした。
「飼い主さんの気持ちはわかりますが、動物として自然に逝かせてあげるのもひとつの手段です」と。
それから安楽死について「ひとつの選択として考えておいてください」とも。
そしてこう付け加えました。
飼い主さんがこれでいいと思ったやり方が、さんちゃんにとって一番いいんです、と。

時間も体力もお金も投げ打ってやれることを全てやることのみが愛情とは言えない気がします。
今もし、消えそうな命を前に自分の不甲斐なさを感じてる方がいらっしゃったなら、どうか心を痛められませんように。
いっぱい名前を呼んで、いっぱい撫でてあげてください。
それに勝る治療はきっと他のどこにも見つけられません。

苦しい時もあるでしょうが、同じ時間を分かち合ってください。
そして見届けてあげてください。

2匹の老猫を見送って、今はそう感じています。
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来年もまったり更新ですが、どうぞよろしくお願いします。
良いお年を。
そして私達みんなの2013年が、温かで笑顔あふれる一年となりますように。

20121231

2012年のこと(その1)

2012.12.29 22:49|日常のこと
2012年。
私にとっては厳しく、苦しい選択をしなけれなばらないことが連続した1年でしたが、同時に思い出深い年にもなりました。
こうして年の瀬を迎えて、今ちょっと感慨深い気持ちでいます。

今年はなんといっても愛猫のさんちゃんを見送ったことが大きいですね。

さんちゃんは2年前から体調が悪かったのですが、昨年末より点滴生活に突入し、自力で歩く事も出来なくなり、ついには寝たきりの生活を半年送りました。

その頃は毎日が目まぐるしく、辛く、インターネットをゆっくり使う気持ちも余裕もなかったのですが、ようやく落ち着いた今、あの時何があったのか自分がどう感じていたのか書き残しておこうという気持ちにやっとなりつつあります。
それでいま、こうしてポツポツ書いています。

とにかく大変な、大変な一年でありました。

寝たきりになったさんちゃんには夜中の世話も必要だったため、私自身も夜眠ることが出来ず、精神的にひどく追い詰まった時期もありました。
加えて、毎月の金銭的な負担が大きかったのも悩みのひとつでありました。
通院・治療費よりも、介護生活にかかる備品の代金はそれを大きく越えていきました。
オムツ代わりに使っていた人間用の尿とりパッド、生理用ナプキン、ペットシーツは恐ろしいスピードで消費され、自壊が進んでいた腫瘍部分から出てくる膿のために使っていた特殊なバンソウコウやサプリメント、療法食、排泄時に汚れた身体をキレイにするためのグッズ・・などなど。
さんちゃんを見送ったらいつか総合計金額を出してみよう〜と思っていましたが、当時の家計簿を見る勇気が起きません(笑
ほかにも、毎日3時間ぐらいの間隔でさんちゃんの様子や食べたもの、オシッコやウンチの状態などを一冊のノートに書き込んでいたのですが、それも読み返すのがつらくて今は手に取る事はありません。

介護生活と言っても、3〜4時間の外出なら可能でした。
しかし、水も飲めない状態でひとり横たわっているさんちゃんのことを思うととても楽しめるどころではなく、どこへ出掛けてもダッシュで行って帰ってくるという日々でした。

極限まで痩せ細り、すべての筋肉が削げ落ちた状態で、なおも子猫だった時と同じ表情をして同じ食べっぷりを見せ、生きることを諦めない一匹の猫。
飼い主の私は成す術もなくただオロオロと見守ることしか出来ませんでした。

そんな中で以前より探していた中古マンションで良い物件があると連絡を受け、見に行ったのが今のマンションです。
家を買うというのは誰にとっても大きなイベントだろうと思います。
でも、今のこんな状況の中、こんな精神状態の時に家を買う・・。
手付を打ったあと本契約の日まで、何度も繰り返し思いました。
私は冷静な判断が出来たのだろうか、正しい選択をしたのだろうかと。

それが6月のことだったのですが、さんちゃんの世話のことや真夏の引越しを避けるために、転居するのは数ヶ月後の秋にと決めました。

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いきなり、つづく。

ハート

2012.12.28 19:19|ニャンズ
幸助の、ちょっと開き気味のハート模様。
うまくいけば2つのハート柄が出てくるのですが。

201212281


クリスマスの夜を最後に、変わった夢を見なくなりました。(と言ってもまだ数日だけですな)

最後に見たのは完全な明晰夢でした。
明晰夢というのはよく誤解されるようなのですが、まるで実際に体験しているかのような「ハッキリした夢」のことではなくて、起きている状態に近い意識のまま夢の中で夢をコントロールすることを指すのだと思います。

夢の風景の中を、目覚めたまま自分の意志に従って行動することの奇妙さ。
過去のとある時間に戻りたくて戻ってみました。
いつも中途半端に怖がっていたのですが、コツ(?)のようなものを掴んだらけっこう楽しめました。
でも続けてみるのはイヤかも・・(>_<)
いつかまた、見るかも知れません。

今日のくるねこさんのマンガにもありましたが、我が家でこのお正月に用意したオヤツはコレ。
親睦をさらに深めようという魂胆です(笑
このシリーズ、たま〜に買うのですが、小さな小袋に入っていていかにも「贅沢なオヤツ」という感じです。

ただ、袋を開けたとたん獲物を襲う小型肉食獣と化す猫達に、たいてい私かダンナのどちらかがケガをするのです(笑

まだあ?

2012.12.26 20:41|ニャンズ
ねぇねぇ、わたしのゴハンまだー!? 的な表情の小梅。

20121226

ささやかな葛藤

2012.12.23 20:38|日常のこと
友人のriccaさんから頂いた手作りの梅酒がウマすぎて困っています。
「ちょとだけ・・ちょっとだけ・・」と、すでに3分の1が消えてしまうという事態。
お正月まで温存しないと。

そんな飼い主の葛藤も知らず(笑)穏やかな日常を送る小梅と幸助。

201212231


体が抜けてしまうのはなくなったものの、不思議な夢は続行中。
日常ほとんど悪夢のようなものは見ないので(たまに母親と大ゲンカしている夢以外は)不思議な夢だけならやり過ごせそう。
やはり体が抜けてしまう夢はしんどいなあ。

昨夜は特に幸せな夢を見ました。
あまりに幸せで夜中に目が覚めて(珍しい)しばらく眠るのがもったいなかったくらい。
それから、ヒマワリと白い水仙の夢を。


201212232

視力0.5しかないド近眼のうえに老眼が入って来て、いつか新調しようと思っていたメガネ。
ずいぶん久しぶりにメガネ屋さんに行きました。何年ぶりだろう・・。
眼鏡市場の「ZEROGRA(ゼログラ)」というとっても軽いフレームにしました。
ほんとうに驚くほど軽くて着け心地が最高です。
サイドにネジがないのでフレームが畳めないのが難点だけど。

e
楽しいクリスマスを・・!!