一昨日、友人との会話の中でふと出てきたダンビュライト。
最近はすっかりご無沙汰していた石ですが、今日久しぶりに身に着けました。

20121220


と言うのも、近頃ひどく夢見が悪いのです。
この5日間連続して妙な夢ばかり見ています。
もともと変わった夢を見やすい体質のようで、その気になったら見た夢をネタにエンターテイメント系小説が3冊くらい書けるんじゃないだろかと。
さらにこの数日は、夢に加えてほとんど毎晩、体が抜けて行ってしまいます。

中途半端に書くと「幽体離脱」と勘違いされそうで難しいのですが、そうではなくて、おそらく半分は寝ているのに半分は起きているという状態になった時、意識だけが宙に浮いて行ってしまうようなのです。
麻酔から覚める時にも似たようなことがあったので、脳の誤作動のようなものかも知れません。
しかし、体が浮き上がって空に上って行く感じは実にリアル。そして非常に怖い。
でもためらっていると金縛りのようになってしまうので、いつも「ええい、飛んでしまえ!!」と気合いを入れなければなりません。眠ってはいるけれど意識があるのでややこしいのです(笑)
屋根や窓を抜けて、夜空へ。
そこからは自分の思ったところに行けてしまう怖さがあります。
さらなる勇気が持てた時には、空のもっと向こうまで飛んでみます。(たいてい途中で帰ってきます)
ある時は目の痛くなるほど七色に輝くトンネルへ。
ある時は地球ではないと思われる乾いた大地へ。
またある時は何枚かの壁を越えて、見たこともない生物や光り輝く人達に会ったこともあります。

でもこれらはすべて自分の中の世界です。

空を飛んでいるように感じますが、この時の私は自分の内面の世界へと降りて行っているのだろうと思います。

ダイナミックで楽しいと言えば楽しいけれど、さすがにこれが五夜連続するのはいただけません・・。
いっそ24時間くらい起きていれば、睡眠不足になって脳もぐっすり眠ろうとするかも(笑
一昨日の友人との何気ない会話の途中でふと口にした石がダンビュライトだったので、なんとなく縁を感じて今日はダンビュライトと過ごしておりました。

さて、今夜はいかに。

ところで。
言葉ではうまく言えないのですが、この内面の世界は奥が深く、(起きてからあらためて思い出してみて)そこに感じるのはいつも「すべてのものが同列にあった」という感覚です。
たとえば良い悪いも境界線がなく、その差を認識し言葉に置き換えることが出来るのは目が覚めたあとだったりします。
そこに居るときは「わたし」「ほかのだれか」という感覚もありません。
意味もないし、名前もない、理由もない、自分もない、ごちゃまぜになった濃い世界です。
そのせいなのか、あとから思い出すととても美しく感じますし、同時に気が遠くなるほど恐ろしく感じます。
一歩間違うと正常な精神(社会生活を営むことにおいてという意味で)を飲み込まれそうな気持ちに陥って、金輪際二度とこんな夢を見るまい、と心に誓う時もあります。
ま、いくら誓ったって見てしまうものは見てしまうのだから仕方ない・・(ノд`)

そんな時にいつもユングの言葉を思い出すのです。
(ユングは途方もなく複雑で、書物の中のごくわずかな一部分だけを抜き出してどうこう言えるようなものではないとは思いますが)

「変容の象徴」という本の中に、

『下降の危険を否認してはならない、だが下降を敢行することはありうる。敢行すべきではないが、だれかがするであろうことはたしかだ。下降せざるをえない者は、目をひらいて下降せよ。』

と、あります。
もちろんこれは夜に見る夢について言及したものではないのですが、『下降せざるをえない者は、目をひらいて下降せよ』という一文を、こういう時きまって思い出すのです。