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ジャスパー

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日本パステルホープアート協会公認 正インストラクター。
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もんちゃんの旅立ち

2011.12.08 14:41|ニャンズ
長文になりますが・・モンタが亡くなる時の様子を。

11月の初めに体調を崩したモンタはその後も頑張っていたものの、12月5日月曜日の夜、日付が6日へと変わろうとする午前0時ちょうどに虹の橋へと旅立ちました。
安らかな最期をダンナと2人で看取れたことは何よりでした。
昨夜、葬儀屋さんに来てもらい、今は小さな骨壷の中で眠っています。

もんちゃんのこと、応援してくださってありがとうございました。

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以下、乱文になりますが、思い出せることを備忘録的につらつらと。。

モンタがぐったりとしてきたのは12月4日日曜日の夜あたりから。
その日の朝もシリンジのご飯を少し食べ、自分で歩いてお水を飲みに行ったりしていました。
ご飯を与える時に口やアゴのまわりがベタベタになってしまい、拭き取るのに困っている私の様子を見たダンナが、「小さな容器にお湯を入れて顔をちょっと洗ってやったら?」とタッパーを買って来てくれたのが夕方でした。
そうだねーなんて言いながら、夜のご飯のあとに(ご飯と言っても、もうちょっぴりしか食べませんでしたが)タッパーにお湯を入れてアゴを洗ってやろうとした時、いつもと様子が違うなと感じました。
タッパーを近づけるとそのお湯を舐めようとしたのですが、自分の口の位置と水面との距離がとれなくてズブズブと鼻まで突っ込んでしまいました。
思うような位置で首を固定させることができなくなったのかも知れません。
何度も口を近づけては飲もうとして、でも、舌もうまく使うことが出来なくなっていました。

その日の午後には変わった様子もあまりなく、洗面所で手を洗う私に近づいて来て「わうん〜」と一声鳴いてくました。(モンタは「ニャー」と鳴かない猫で、「あうん〜」とか「わう〜ん」とか「ん、ん」と鳴く猫でした)
その行動は、洗面所で手足を洗ったあとオヤツをあげていた子猫時代の名残で、この時も「あ、何か欲しいのかな」と思ったのですが、この1週間くらいは何をあげてももう食べなくなっていたので(シリンジでの強制給餌に入っていました)、モンタの中では記憶だけがあったのだろうと思います。
しきりに食べ物を欲しがるのですが、実際に与えてみると匂いを嗅ぐだけでまったく食べないという日々が続いていました。
気持ちはこれまでの記憶のまま行動するのだけど、体が着いて行かなくなっていたのだろうと思います。
この時の鳴き声が、私が聞いたモンタの最後の声になりました。

そのあと夜になってほとんど立たてなくなりました。
それでも水入れの容器のところまで這うように自力で行くのですが、容器の前でうずくまったまま動かなくなったり、低体温になっているだろうからとヒーター等で体を温めているのに、わざわざ冷たい場所まで移動したりしていました。
あとから知ったのですが、低体温になっているとかえってヒーターななどの暖房器具を暑く感じてしまい、冷たい場所を好むようになるのだそうです。
このことは案外知られてないそうで、ネットでも「温めているのになぜか廊下に出てしまう」とか、「お風呂場のタイルのうえに移動してしまう」といった話がたくさん載っていました。

もっと湿度があったほうが良いのではないかと思い、先日から加湿付きの空気清浄機を使っているのですが、それに加えてアロマディフューザーもつけたところ(アロマ精油を入れずに水だけで)、モンタは一日に何度も何度もディフューザーに顔を近づけていました。
何故なんだろうと思っていましたが、きっと冷たくて気持ちよかったのでしょう。

ぐったりとし始めた日曜の夜は、それでもいつもと同じようにさんちゃんと一緒に寝させてやりました。
心配しながらも、私自身は、緊急事態だと判断できずにいました。
ネットではいろんなことが書かれていて、慢性腎不全が末期に入って尿毒症になると、アンモニア臭のする茶色や緑色の液体を日に何度も吐くようになるとか、下痢が続くとか、痙攣発作が起きるなどの神経症状が出るとか、そういったことを読んでいたので、これから先もっとひどい状態になるだろうとすっかり思い込んでいたのです。
(血液中に毒素がまわってしまうと、吐瀉物や口からアンモニア臭がするとは読んでいましたが、モンタも亡くなる数時間前から確かに口から少し感じるようにはなっていました)

11月の初めに体調を崩した時に下痢を二日間ほどしましたが、そのあとモンタは一度も私の手を煩わせませんでした。
亡くなる2時間ほど前にお水を少し飲ませたときすぐに黄色い透明な液体をちょっと吐いただけでした。

末期になってからもただの一度の嘔吐もなく、ヨダレの一滴もなく、下痢をすることもなく、発作もなく、ネットで読んでいたように「最後は絶叫したり、悶絶しながら苦しむ」こともなく、驚くほど安らかにモンタは逝きました。
反面だからこそ、調子を崩していったん回復したのち、その落ち着いた様子に油断していた自分もあります。
もう長くはないだろう、ダメだろうとは思っていましたが、でも一緒に年を越せるだろうなとなぜか思い込んでいたのです。

亡くなった月曜の朝にはシリンジのご飯も少し食べ、首が起きている状態で、私の動きを目で追い、顔を撫でるといつものようにノドを伸ばしていましたが(アゴを撫でられるのが好きだったので)、その目は開いたままでかなりうつろになっていました。
その日はずっともんちゃんと過ごし(病院には行っていない)、12時近くになったしそろそろ寝ようかと思い「今夜はさすがにさんちゃんとは別の場所で寝かせよう」とのんきにモンタ用のベッドを作っていたところでした。
ここ数日でお迎えが来るかも知れないけど、今夜ではないだろうとどこかで思っていました。

ベッドを作っている途中で、ダンナが「モンタ!」と叫んだので振り返ってみると、体をギューッとのけぞらせているモンタの様子が見えました。
それを見た時は正直、え? モンタ、もう死んでしまうの? という気持ちでしたね。。(なんと呑気な飼い主なんだろうと後で随分悔やみました)
呼吸が3〜5秒ほど止まって、口を開けて「ハッ」と一度大きく息を吸い込んで、また呼吸がしばらく止まったあと一瞬吸って・・というのを何度か繰り返しながら、繰り返すたびに口をどんどん大きく開けていき、その間隔も長くなっていきました。
体をこわばらせ始めてから3分も経たないうちに、モンタは逝きました。
ネットで読んでいたような「断末魔の絶叫」も、「鼻と口から緑色の液体を吐きながら苦しむ」ことも、「何時間も痙攣発作が続いて飼い主として非常に辛かった」こともなく、プライドの高かったもんちゃんらしく、まるで自分の美学を貫くような、綺麗すぎる最期でした。
もしかしたら具合が悪くなってからはこっそり猫トイレの中などで吐いていたのだろうかと思いましたが、さすがにそれは気づくだろうし、さんちゃんのオシッコを毎日拭きまくってる私としては、弱ったといいながらも身の回りのことはすべて自分でしていたもんちゃんのことを思うと、もっと迷惑をかけてくれても良かったのに・・と思います。
飼い始めたときから最後の最後まで一貫して、常にクールで、強くて、美しい男でした。

ヨボヨボな姿をさらして人間にシモの世話をされたり、格好悪く吐く姿を見られたり、そういったことをもんちゃんは嫌ったのではないだろうか、最後までクールでいたかったんじゃないだろうかと、あとからダンナと話したりしていました。

もっとしてやれることがあったはずなのにとか、なんで気づいてあげなかったんだろうとか、なんて情けない飼い主なのだろうとか、いろんな思いがやはりあります。
それでも17年、もんちゃんと一緒にいられた思い出は私にとって宝物です。

書いて残しておきたいことがもっともっとあるので、しばらくは思い出話を含めてつらつら書いてしまいそうです。
今日も書き散し状態で読みづらい文章ですみません。
我が家には大御所さんちゃんが控えているので、悲しみに沈んでいるわけにもいかず、相変わらずバタバタしていますが、ゆっくり書いていきたいと思います。
そういえば今年ももうあとちょっとになって、今週土曜日には毎年恒例の永ちゃんのコンサートがあると思い出してちょっと驚いています。
秋以降いろんなことがあったせいか、時間の間隔がちょっとおかしい・・。
秋から冬への季節の移り変わりもヘンだったので、今年がもう終わってしまうとはとても思えない感じです。

そうそう、不思議なことがひとつありました。
モンタの葬儀は昨日12月7日の夜9時からだったのですが、その2時間前に携帯に電話がありました。
電話に出てみると、雑誌「ねこのきもち」の方からでした。
「先日のアンケートの回答について詳しく聞きたい話がある」とのことだったのですが(正直、今それどころじゃないの…)、事情を説明して「あまり時間がないので簡単でいいですか」とお願いし、お話を伺ったところ、
「回答欄にあったエピソードについて雑誌に載せたいのですが、その猫ちゃんの写真を送ってください」とのことでした。
「そっ、それは、これからお葬式のモンタのエピソードですぅぅぅ〜〜!」
「えええー!! このタイミングでこんなことありますかーー!」
みたいな話になって(このタイミングで電話をかけてきたのはアナタでしょうが…とも思いますけど・笑)、さすがに話しながらちょっと泣いてしまいましたね。。
小さいエピソードですが、雑誌に載れば記念になるので嬉しいです(T_T)
この不甲斐ない飼い主に、もんちゃんは最後にプレゼントまで残して行ってくれました。
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続きには、火葬直前のモンタの様子の写真をアップしています。

亡骸の写真をアップしないで欲しい、見たくない、という抗議が以前どこかの猫ブログで起きてコメント欄が炎上していたのですが・・自宅での保存に加えてここのサーバにも乗せておきたい大切な写真ので、数点アップしました。

ところでモンタの動画がほとんどないことを悔やんでいます…(悲
今年の7月に買ったビデオで、ドレミの様子はたくさん残しているのですが、ついでにモンタが写っている程度。。
モンタを抱っこしたりモンタと一緒の動画をひとつだけでも撮っておいたら・・と悔やまれてなりません(泣

以下、亡骸の写真がありますので、記事は畳んでいます。

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これが、17年間で私が最後に撮ったもんちゃんの写真となりました。
この先もんちゃんの写真が増えることはないと思うと、淋しいです。
いつかヒマワリ畑で会おうね、もんちゃん

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