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ジャスパー

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日本パステルホープアート協会公認 正インストラクター。
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もんちゃんが虹の橋へ旅立ちました

2011.12.29 20:07|ニャンズ
(もんちゃんが亡くなった当日のことは12月8日の日記に更新済みですが、改めて・・)

慢性腎不全を患っていた我が家の猫「モンタ」が、12月5日の夜遅く、虹の橋へと旅立ちました。17歳でした。

下の記事にも書いたようにいったんは回復したのですが、その後ほとんど何も食べなくなり、最後の2週間であっという間に痩せ衰えていきました。

モンタと同じ年の「三平」という老猫は、もう一年ほど前から衰えていて、オシッコもウンチもトイレ以外でしてしまうし、寝たまま排尿することもよくあり、若い時には6キロ台あった体重も今では2.8キロまで減って足腰もフラフラでしっかりしません。もうすっかりお爺さんといった感じです。
それに比べるとモンタは若々しく、まさか「さんちゃん」よりも先に逝ってしまうとは私達夫婦は思っていませんでした。

さんちゃんが一年かけてゆっくり衰えて行ったものを、もんちゃんはたった3週間ほどで駆け抜けていったのです。
あまりに短期間のあいだに起こり、私達にとっては突然の死でした。



彼は最後まで私の手を煩わせることがありませんでした。
吐いたものやオシッコやウンチの世話をすることもなく、ヨダレひとつ拭くことも私はありませんでした。
死ぬ2時間ほど前に黄色い透明な液体を吐いたのですが、その時ですら彼は必死で立ち上がろうとしたほどです。

プライドが高く、驚くほど聡明で我慢強かった彼は、まるで自分の美学を通すかのように死の瞬間まで「モンタ」という猫であり続けました。

ネットで事前に読んでいたようなつらい発作や吐血、激しい嘔吐、叫びながら長時間苦しむ、といった様子もなく、最期の瞬間に何度か呼吸が荒くなったあと穏やかに旅立っていった様子を主人と二人で看取れたことは幸いです。
また、他の猫達にも最後の挨拶とも思えるようなシーンが見られました。
特に子猫の時からずっと一緒だった三平は印象的な行動を見せました。

17年間お世話になった獣医師の先生に報告したところ、「飼い主さんの声がして、いつものように周りで他の子たちがワーワー騒いでて、自分の匂いのする場所で、フーーッと逝くのがその子にとって一番良いことです」とおっしゃってくださいました。
死に際に対して特別な場所や新しいベッドなどを用意せず、彼が最後気に入っていた場所で、最後よく使っていた敷物のうえで、いつものようにいつもの場所で彼を見送れて良かったなと思います。

以下、長文をだらだらと書いてしまったのでこのあとの記事は折り畳んでいます。
亡骸の写真もありますので、苦手な方はここまでで。。(読んでくださってありがとうございました)
セレモニーホールでの葬儀が希望だったのですが、亡くなったのが月曜日の夜で、冬場といえども週末まで安置しておくわけにもいかず、12月7日水曜日の夜に火葬車で行いました。
火葬車は24時間態勢で便利なのですが、やはり人目が気になります・・。
(いくら夜といっても、人が行き交う中で亡骸を車に乗せたりするので)

火葬の日までは時間があったのですが、意外にもやることが多く、あの写真をプリントして入れようとか、あ、やっぱりあっちの写真も入れようとか(笑)、好きだったオヤツも入れてあげようとか、お花はどうしようかとか(私の大好きなひまわりを入れたかったのであちこち探したのですが季節的に見つからず、結局鹿児島の農家さんから取り寄せになりました)、その間にも実家の母や姉が来たり、たくさん写真を撮ったり、かなりバタバタしました。
彼が最後に喜んで食べてくれた「焼きサンマ」も一緒に入れたかったので、サンマの切り身を買っておいたのですが、直前にこれを焼く時は泣いてしまうだろうなと思っていたのに、あまりの忙しさでババッと済ませてしまったくらいです(笑)

サンマを焼き終えたのが午後8時。
午後9時には火葬車が来てしまいます。
思いつく限りの精一杯の旅立ちの準備をすべて整えて、あとは葬儀屋さんが迎えに来てくれるのを待つだけ・・となってしまったこの瞬間が一番辛かったように思います。
17年間一緒にいた最愛の猫に「もうこの先、これ以上してあげられることがない」と思った時は悲しかったですね。。
あと1時間すれば、彼がこの家から旅立っていくと思うと胸がキリキリ痛みました。


死ぬ数週間前の、手に取るようにはっきりと毎日衰えていく愛猫の様子を見るのは、飼い主として非常に辛く、大きな焦りでした。
「なんでもいいから食べてよ、お願いだから食べてよ」と心の中で叫ぶように何度も何度も思いました。
彼が亡くなってからは「もっと出来ることがあったはずなのに」と何度も何度も悔やみました。


少し時間が経った今、私が感じているのは「彼の体はなくなってしまったけれど、心の中で以前とは違う結ばれ方をしたんだな」ということです。
私はもう彼の「飼い主」ではなく、なにかもっと違う形の関係になったように感じます。
うまく言葉で表現できませんが・・。

小さな命と時間を共有しながら生きることは、人生にとって素晴らしい経験です!

この素晴らしい時間をくれた愛猫モンタに、心から最高の感謝を。

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もんちゃん、いつかまたヒマワリ畑で会おうね!

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