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ジャスパー

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日本パステルホープアート協会公認 正インストラクター。
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5月27日

2008.05.27 00:15|日常のこと
何度か書いた気もするけれど、処分場の話。

「処分」というとなんとなく安楽死かのように思い込んでる場合も多いけれど、実は犬猫の処分場の多くは<安楽死>など行っていない。(今でもそうだと思う…自治体によって違うと思う)
一頭ずつ注射をするには薬価も高く手間もかかるので、安くて手っ取り早いガスによる窒息死だ。
なのでとっても苦しいらしい。
動物たちは苦しさのあまり外に出ようと、息絶えるまで扉を引っ掻くのだという。
その断末魔の声を、他の犬猫は聞いている。
仔猫などは吸引の量が少ないせいで、半分生きたまま焼却されることもあるらしい。
まさに現代のアウシュビッツ。
都会の地下施設では毎日たくさんの動物が処分され、日本はその数が異常に多いのだそうだ。
ほとんどが野犬とか野良猫なんじゃない?と思ってしまいがちだけど、飼い主からによる「依頼処分」が圧倒的なのだというから本当に驚いてしまう。
ソラもその中の一頭だった。

阪神淡路の震災がきっかけで支援を始めた民間の愛護センターから、時折ニュースレターが送られてくるのだけど、読むとしばらく凹んでしまうような記事が多数載っている。
それでも運良く新しい飼い主が見つかった犬猫たちの幸せな様子を見るのは心が和む。
いつか自分も引き取れたらいいなあと思っていたので、相手先は行政になってしまったけど(しかもいい加減な対応だったのでキレまくったけど)、やりたかったことがひとつ叶って、ソラを見ると「ふふふ」と思う。
ずっと以前にテレビで、「ペットを捨てたり処分するくらいなら、飼い主さん自身の手で殺して欲しいと思います」と獣医師が言っているのを聞いたことがある。
いろんな考え方は出来るけど、私は今もその意見に賛成だ。
一度でも自分の意志で飼った動物を処分場に連れて行くくらいなら、その手で首を絞め、苦しみながら死んでいく犬猫の恨めしそうな顔やその時の鳴き声を一生覚えておいて欲しいし、その罪を背負ってもらいたいなあと思う。

電話して引き取りに来てもらって玄関で手数料を払ってさようなら。
自分の目に見えないところで殺してください。

ってのは勝手すぎるのじゃないか?と思う。

そういう私は昔、我が家の三平に筋肉弛緩剤のような危ない薬を飲ませたことがある。って、この話も書いたんだっけ?
記憶力が悪いので何を書いたか書いていないのか分からないなあ。。
世間がヒ素入りカレー事件で騒いでいた夏、あれは何年前になるのかな、その年はノミが出るようになって、私は猫達に「ノミ取り首輪」なるものを着けた。
(最近では首筋に垂らす薬液が主流なので、あの首輪はあまりお目にかからなくなったけど。)
ある日それが首から外れてしまい、三平が食べてしまった。
うちの飼い猫の中で三平だけは、輪ゴムとか紐とか細いコードなんかを食べる癖を持っている。
食べたといってもほんの数センチ程度だし変わったところもないので、のんきに放置していたら、翌朝になって様子が一変した。
朝起きてみたら、三平はヨダレを垂らして全身ガクガクと震え、まともに立って歩けない状態になっていた。
すぐに病院に飛び込んで診察を受けたものの、血液に回ってしまった成分はどうしようもなく、酸素吸入と点滴を打つしか為す術がなかった。殺虫成分のある首輪を食べた事による中毒だった。
先生が他の獣医師仲間に連絡をとって調べてくれたのだけど有効な手段はなかった。
三平はその日のうちに立てなくなり、けいれんを起こしてガタガタと震えるせいでまったく眠れていないようだった。
次の日も点滴を打ちに病院に行くと先生からこう告げられた。
「入院はおすすめしません。何かあった時飼い主さんに側にいてもらうのが動物にとって一番良いことだと思うので…」
病院ではなく自宅で、飼い主自身が最期を看取ってあげてくださいという意味だった。
それで連れ返ろうとした時、ふとある思いが私の中に湧いた。
三平はおそらく2日間は眠っていない、なんとか眠ったら治るんじゃないだろうか、と。
その時なぜそんなアホなことを自分が思いついたのかさっぱり分からない。
猫はよく眠る動物で、睡眠不足になるとすぐに弱ってしまうのだとどこかで聞いていたのを思い出したのかも知れないけれど、とにかく先生に「ゆっくり眠らせてあげたいんです。このけいれんがなければ眠れると思うのに、なんとかならないでしょうか」と頼んでみた。
長いこと待たされたあと私はもう一度診察室に呼ばれ、そこで小さな白い薬をもらうこととなった。
「これ・・Yさんだから渡すんだけどね」と言いにくそうに先生は切り出し、絶対に一錠全部は与えないこと、カッターなどで少しずつ削って状態を見ながら与えること、などの説明をしてくれた。
それは筋肉の動きを止める薬で、けいれんはおさまるだろうけど、ヘタすれば心臓の動きまで止まる薬だった。
この先生は安易な安楽死には反対の先生だ。
とある飼い主さんが長患いの犬を見かねて安楽死を頼んでいるところを見たことがあるけれど、先生はそれを頑なに拒否して厳しい口調で接していた。
この先生がこんな薬を出すってことはおそらく三平は回復の見込みはないのだろう、ならば衰弱して死んでいくのを待つより、飼い主の手で逝かせてくださいということなのかな・・・と思いつつそれでも「よっしゃー。これで眠って元気になろうな、さんちゃん!」と泣きつつその薬を三平に飲ませた。
もうその時はとにかく三平を寝かせてあげたいって気持ちしかなかった。
寝ればなんとかなると思っていた。今思うと恐ろしい素人考えだ。

小さな薬をわずかに削って粉状にして、一口ほどのウエットフードに混ぜ込んで与えた。
食い意地の張った三平だからこそ出来たのだけど、もし食欲がなければ食べていなかったと思う。
時間をあけながら少しずつ食べさせていると、そのうち麻酔銃を撃たれた動物のように舌をだらりと出してスヤスヤ眠り始めた。同時にけいれんもおさまった。
目が覚めた時には痙攣はほとんどおさまっていて、そのあと一週間は寝たきりで過ごしたけれど、三平はどんどん回復していった。
先生のあとからの話では、三平は体の大きい猫で若くて体力があったこと、それから食い意地がはっていたことも大きかったのでは、ということだった。
体の小さい猫が同じ量を摂取していたら違ったことになったかも知れない。
食べることに執着するのは生命力のある証拠だと思う。
薬を飲ませながら、「ひょっとしたら殺してしまうかも知れない・・さんちゃん、ごめんな、ごめんな」と何度も三平に謝っておいおい泣いた。
でもこの猫を飼ったことも、ノミ取り首輪をしてしまったのも、全部私の意志の延長にあるものなのだった。
薬を飲ませるという賭けは幸い良いほうへ転んだけれど、あの時もし殺してしまっていたらどうだったろう。
簡単に想像は出来ない。
妙な言い方になるけれど、<ノミ取り首輪のせいで死んだ>と思うのじゃなく、私自身がこの手で直接死なせてしまった、自分が殺したと思うほうが、その罪を背負うほうが、その時の私にとっては良かったのではないかなと思う。

飼えなくなったペットはじゃんじゃん自分の手で殺しましょうと言いたいわけではもちろんないけど、自分に見えないところで死ぬのなら「気が軽いから」と、まるでゴミを出すように動物を処分場送りにしたり捨てたりすることは、最も残酷で卑しいことだとやっぱり思う。
生きているといろんなことがあるけれど、小さな命にすら責任を持てない人が、どうやって自分の人生に落とし前つけて生きているのだろう、都合の悪いことはいつも他人に処理させているのか、どうやって生きてるんだろう、なんかちょっと不思議な気がする。

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