ごあいさつ

ジャスパー

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日本パステルホープアート協会公認 正インストラクター。
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9月17日

2007.09.17 22:00|日常のこと
例えばある日ある人に、
「あなたの作る料理はなんとも美味しい、私はそれがとても好きだ」と伝えたとして。
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その言葉は本心だしちっとも嘘なんかじゃないんだけど、そうしたら頻繁に手料理を分けてくれるようになって、そのうちアナタのために作っているのよとか、私が好きで作っているんだから気を使わなくていいのよなんて山盛りのディナーを差し出しながら言出す始末、いよいよ堪りかねて私はこう告げる。
「ああ最近の私はもう、あれも食べてこれも食べてお腹いっぱいなんですどうか許してください。ついでに言うとあんまりしょっちゅうだと胸焼けがして疲れてしまうんです」。

美味しいからっていくらでも食べられるわけではない。
けれどもだからってその人が嫌いなわけではない。
だけどその人はもうすっかり自分の人格と料理を作ることが癒着してしまっているので話がややこしい。
悲しいのは、そうしたノーをそれぞれから受け取るたびに、「私の誠意が伝わらなかったのね、私の気持ちがまっすぐ届かなかったのね、これからはもっと良い人間になって美味しい料理を作らなければ」と決意を新たにすることだ。どんどん理想のハードルを高くしていくことだ。

人は崇高な理想を持つことで素晴らしい自分であるかのように錯覚することもある。
理想は使いようによっては麻薬と同じだ。(と時々思う)
どうして提供者でなければならないだろう。
そのプライドを捨てて、一緒に、粗末な食卓を囲むことが出来たなら、そこに与える人間と与えられる人間とが成立しないことが分かるというのに。
全霊をかけてあらゆる言葉を絞り出し優しさを与えようとしてなお、なぜ自分の思うような世界にならないのか、ひとりまたひとりと人が離れていくのか、自分では太陽の温かさだと信じていることが実は他者に無理を強いる北風の行為である(こともある)可能性を私は最後にその人に告げた。
『万有引力とは、引き合う孤独の力である』と言ったのは詩人の谷川俊太郎だったか?
人の孤独を癒してあげようと思うその優しい心があるのなら、まずそれは自分のために。
自分の飢えを癒すための料理を、どうかその手で。

自分のためにひとり料理を作り、そこに招待客も観客もなく誰からの賛辞もなく、ひっそりと薄暗い食卓でささやかな食事をとり、その無音の孤独の中でこそ大切な人とはほんとうに繋がっているのだと、いつかその人はそんなふうに感じることがあるだろうか。
ないかも知れないあるかも知れない。でも私がそのどちらかを通知されることはない。
これはただの人ごと、他人への傲慢なお説教ではなく、私のテリトリーの中で起きる私自身の問題でもあると思う。

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