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パステル・ジョナサン

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本棚にしまう前に/第四夜

C.G.ユング「アイオーン」より 第5章 キリスト、自己の象徴

キリストという伝統的な形姿に照応する心理的な現われが自己(ゼルプスト)であるとするならば、反キリストに相当するのは自己の影である。つまり、全体的人間の闇の半分にあたるが、この半分に対しわれわれがあまりに楽天的にすぎる評価を下すのは禁物である。われわれの経験から判断できるかぎりでは、光と影は人間の本性の中ではきわめて均等に配分されているように思われ、したがって心全体は少なくとも、どちらかといえば薄暗い印象を与えるわけである、
心理学でいう自己の概念、これは一つには全的人間という認識から導き出されたものであり、そのほかには無意識から産み出されるものの中に自然発生的に、内面的な二律背反に結ばれた元型的な四者性として現れてくるのであるが、その自己の概念は、明るい形姿の一部である影を無視することはできない。この影がないと明るい形姿は体を失い、それとともに人間であることも失ってしまうからである。光と影は、経験的な自己のなかでいわば逆説的な一体性をなしている。これに対してキリスト教の考え方においては、この元型は統一することのできない二つの部分に絶望的に分裂してしまっており、最終的には形而上的な対立に至りついてしまう。すなわち、天の王国と劫罰の火の燃えさかる世界という究極的分裂である。

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