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パステル・ジョナサン

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本棚にしまう前に/第六夜

C.G.ユング『個性化とマンダラ』より


人格というものは、最初のあり方のままで、いつまでも変わらないということは稀である。
それゆえ、少なくとも人生の前半においては、人格が拡大したり変化したりする可能性が存在している。
拡大は外からの付加によっても、つまり外から新しい生き生きとした内容が流れ込んで、同化されることによっても、起こりうる。このようにして人格の本質的な成長が経験されることもある。このためわれわれは人格の拡大が外からのみやってくるものと仮定しがちであり、それを根拠として、人格というものは可能なかぎり多くのものを外から取り入れることによって成立するという偏見を持ちがちである。しかしわれわれがこの処方に従って、あらゆる成長が外からのみ来るものと考えれば考えるほど、ますます内面的には貧しくなる。それゆえもし偉大な考えが外からわれわれを掴んだとしたら、むしろわれわれはわれわれの中の何かがその考えを迎え入れ、それに応じたからこそ、その考えがわれわれを掴んだのだと理解すべきである。豊かであるとは、こころが何にでも対応できる状態にあることであって、狩りの獲物を溜め込むことではない。外から入って来たものであれ、内から浮かび上がったものであれ、すべて自分のものになるのは、まさしくわれわれが外や内で出会った内容の大きさに見合うだけの内面の広さを持っているときだけである。
人格の本来の意味での成長とは、内的源泉から沸き上がってくる拡大を意識化するということである。
こころの広さがなくては、われわれは自分が相手にするものの大きさと関係を持ちようがない。

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